2020年5月24日

中本正勝さんからのお便り

「80歳のギター」

中本 正勝

 


一昨年、80歳を祝って、中学の同級会がありました。
ギターを携えての参加、結構、みんなが驚いていました。「ふるさと」の弾き語りを始めると、みんなで大合唱になり、中学時代の顔に。直ぐ、アンコール、「四季の歌」を歌い始めると、これまた大合唱。終わると、突然、幹事が「中本君一言」と。
「え~、ギターは、弾かないと鳴らないんです。どんなに能書きをいってもダメです」

と言うと、何を言い出すのかと、みんなシ~ン。
いくらお金を積んでも、どんな偉い人でも、毎日練習しないと、上手には弾けないんです
と続けると、一瞬、部屋全体が、凍りました。

次の瞬間、みんな80年の肩の荷を降ろして、ラクラク顔、ニコニコ顔、いい顔! 特に、地の塩になって耐えて80年生きてきた友人の目にヒカルものが、ホントいい顔!

みんなそれぞれ、世界に一つしかない80年の「私の人生」を全身で感じた瞬間でした。
こんな体験、生まれて初めて。
どんな素晴らしい本、映画、演劇など受け身の鑑賞では、得られない生身の感動。

もし、10年前、枝璃先生に出会っていなかったら、この感動はありませんでした、感謝、感謝です。
「枝璃先生、ありがとうございました」

クラシック・ギターの弾き語りを知ったのは、10年前だったんです。70の手習いで、初めて教えて戴いたのが、「ふるさと」でした。それ以来、クラッシク・ギターのトリコになり、毎日、心のラジオ体操のように楽しんでおります。一向に上手にはなりませんが、下手は下手なりに言葉では表現できないデリケートなことが伝わるんです。
気分がスカッとします。同じ曲を何回弾いても、飽きません。
弾くたびに違うんです。

カラオケも、いいですが、クラッシク・ギターの弾き語りは、もっともっといい気分です。これは、やった人でないと解りません。

82歳のいま、絶対信頼できる心の友ができたようです。

武漢コロナ後、世相は変わると思いますが、この感動は、いつの時代でも、世界中の誰でも変わらない感動だと思います。
最後にもう一度、「枝璃先生、ありがとうございました」。

(2020.05.22)

◇ ◇ ◇

【枝璃貴子より】

このお便りは、私の解説を読んでから、もう一度読み直していただくと、きっと意味が良く伝わると思います。

解説〉中本さんは退職後、故郷の四国・松山に帰られていましたが、東京での会議などにも来られることがありましたので、月1度位、松山からレッスンに通われていました。発表会の日に、悪天候で飛行機が遅れ、出番に間に合わなかったときがあって、到着してすぐ演奏したこともありました。

何年間か、四国からレッスンに通われていましたが、次第に松山のお仕事が大変になり、辞める形になりましたが、それまで練習した曲を一人で毎日練習している様子をメールで知らせて下さっていました。

中本さんは、日本の大企業の第一線で世界を飛び回っておられた方で、私の想像によれば、地元でもエリートで名士と思われます。そんな方が、一生懸命ギターを弾いている姿を見て、同級生の皆さんがなお一層感動されたのではないかと受け止めました。ほんとに素晴らしいエピソードですね。

そしてこんなにも毎日、私が指導した曲を楽しんで練習して下さって、とても嬉しく光栄に思います。

(註:写真は2015年12月6日〈枝璃貴子と気のいい仲間 2015 X'mas Concert〉〉

ボタン

2020年5月2日

近藤さんからのお便り

「友人から送られてきた面白い川柳」

近藤 征治

コロナウイルスが世界中に感染し続けていて、人類との戦いとなっています。何故このような事態になったか?この先世界は将来どのような形になっていくか?夫々に考えがあろうかと思います。このような中にあって沈んでばかりいても仕方ありません。自粛の中で馬鹿話をしたり面白い本を読んだり、何かを見つけて笑い飛ばしたらどうでしょう!
この度知人のM・Kさんから「コロナ対策、笑える一言」がメールで届きました。ご存知の方、バカバカしいと思われる方、あろうかと思いますがご紹介します。

私も78歳となり80歳も目の前となりました。同じようなことが起こるようになりました。しかし、これではいけないと思って私が尊敬し理想とする生き方をなさっている「中島茂」さんは凄いと思いますので、これからは出来るだけ見習って行こうと思っています。ご紹介したいと思います。

中島さんとは30年来のお付合いをさせて頂いていて感心することばかりです。大正12年生まれの97歳ですが、病気一つなく背筋シャン、頭脳明晰、パソコンも一流駆使、自分流の健康維持、生き方考え方も柔軟で一流です。散歩カラオケは日課。著作出版本2冊等々語ればきりがありません。「ヒゲるのつぶやき」と検索してみてください。 皆さんには必ず生き方の参考になろうかと思います。

以下、「コロナ対策、笑える一言」の川柳です。


 

 

 

ボタン

2020年4月18日

バス停にて

山浦 幸雄

ある晴れた日、用事を済ませて家路につき、最寄駅近くにあるいつものバス停に向かった。

用事というのは。江戸川区平井にある「モリタ整体院」の施術を受けるためであった。森田先生は、ゴッドハンドと呼ばれるこの道の練達の師である。枝璃先生から紹介していただいたもので、月1回通っている。

バスが到着するまで、少し時間があったが、そのまま待つことにした、

バス停のベンチに小学校入学前と思われる少年が1人座っていた。見ればすすり泣きしている。私は気になり少年の隣に座った。
「どうしたの?」
「ママがいなくなった」
「‥‥ ママは時々いなくなるの?」
「うん」

少年のきちんとした服装などから親に放置される家庭環境とは思えなかった。
「ママはここに戻って来ると思うから、もう少しここで待とう」

少年は素直に頷いた。

バス停には少しづつ人が増えてきた。私はベンチから立ち上がり周りの人たちを見渡した。
「この坊やは、母親にはぐれてここで泣いていました」

次の言葉を選ぼうとしたとき、隣にすわっていた50代と思われる夫人が、
「警察にすぐ知らせます」携帯を取り出し、少年の名前、服装など必要事項をテキパキと要領よく伝えた。
「バスは1時間に1本しかありません。早くお願いします」サバを読んでいるのだ。実際は30分に1本である。これも交渉術か。最後に「おじいさんです」と3回説明した。

おそらく最初の発見者である私のことであろう。せめて「おじさん」くらいに留めおいてもらいたかったが‥‥ 。それも「おじいさん」と3回も連呼するなんて!

しかしこの際そんなことはどうでもいいのだ。警察には見た目の事実を伝える必要があるのだ。

夫人のす早い決断と行動のスピードは小池百合子氏を想起させた。私は少年に説明した。
「もうすぐおまわりさんが迎えに来てくれるからね」
「ぼく泥棒していないよ」私は少年のおもわぬ反撃に面食らった。
「いや、そうじゃなくておまわりさんは坊やを守るために来てくれるんだよ」

少年は納得しないまま口をつぐんだ。そして再び夫人の登板となった。夫人は少年の前に腰を屈め目線の高さを少年に合わせた。
「これからパトカーで家まで帰るんだ!かっこいいなー」

少年は笑顔になった。

さて、次の問題はパトカーがバスより遅れてきた場合はどうするかということであった。すると、天の声が聞こえてきた。
「私がこの場でパトカーを待ちます」声の主はおじいさんであった。私より立派な‥‥ 。

そうこうするうち、バスが到着した。すると少年が突然叫んだ。
「ママが来た!」

若い母親が小走りでバス停に向かってきた。
「どうしたの?探したのに」

少年は嬉しさと母親に𠮟られそうな予感が入り混じった複雑な心境で大声で泣き出した。

夫人は警察に電話で「一件落着」の報告をした。

◇ ◇ ◇

車中で考えた事

バスの到着と母親の登場は決して偶然ではない。母親はあらかじめバスの到着時間を調べていたのだ。母親は買い忘れなど、急ぎの用事が発生した。子供にはベンチで待つよう指示した。子供は母親の言いつけを守っていたが、寂しさに耐えきれず泣いていた。少年は嘘をついたわけではない。母親がいなくなったのは事実であるから。母親はバスの時間を確認のうえバス停に到着した。

バス停での迷子騒動に困惑した母親は、咄嗟に「子供を探していた」と自分の行為をカムフラージュしたのではないか?

子供の泣き声は終わった。乗客のそれぞれの思いを乗せてバスは陽光の中を走り続けた。

ボタン